サロン経営コンサルティングお申込

講師プロフィールと経歴

はじめまして。
アンブレラグロウ株式会社の天笠茂と申します。

講座を受講する、コンサルティングをうける。つまり「学ぶ」にあって、あなたが一番気になることは、誰から学ぶか&「その人を信用できるのか?」ではないでしょうか?

  • どんな人なの?
  • どんな経験をしてきてたの?
  • なんで今の仕事をしているの?
  • 毎日どんな想いで仕事をしてるの?
  • 結果をだしてくれるの?

アンブレラグロウ株式会社 代表取締役 天笠 茂

アンブレラグロウ株式会社代表
講師 天笠 茂

私は社会にでてから、たくさんのチャンレンジ・失敗・喜びを経験してきました。

それが、今の仕事の「礎」になっています。
サロンオーナーは毎日仕事やスタッフ指導でご多忙のはずです。

そんな中、あえて私の講座に貴重な時間と大切なお金を投資して参加していただくことの責任を理解しています。

参加者の皆さまには「天笠さんだから学びたい、この人だからついていきたい」と、他ではなく弊社の講座だからこそ選ぶ価値を強く直感していただきたいのです。

まずは私がどんな人間であるかを知ってください。

講師プロフィール

名前 天笠 茂(アマガサ シゲル)
家族構成 妻と二人の娘
出身 神奈川県横浜市
性格 何事においてもポジティブだとよく言われます
資格 AEA認定エステティシャン
ファイナンシャル・プランナー
趣味 キックボクシング、一人旅、映画鑑賞
(ヨーロッパ全土、インド他アジア各国、北南米など世界30カ国以上を旅しています)

趣味 ボクシング 趣味 一人旅 趣味 一人旅

略歴

大学卒業 大手百貨店勤務
転職 下着&化粧品会社へ。営業・販売員研修・開発・販売促進など
米国留学 マーケティングを学ぶ
帰国後 外資系企業にて勤務
転職 エステ専売ドクターズコスメブランド責任者
起業 アンブレラグロウ株式会社設立

アンブレラグロウ(株)設立〜今に至る道のり

大手百貨店勤務

大手百貨店勤務

情熱だけが取り柄 問題社員からのスタート

大学卒業後、大手百貨店に入社。
『若い感性を活かして自分で流行を作ろう!バイヤーになるんだ!』なんて熱い思いをもって入社。

しかし社風が合わずに1年9ヶ月で退職。
大卒で一番最初に退職したのがわたしです。

世の中のだれもが知っている一部上場会社を、2年弱で退社したことに両親はがっかりしていました。

今思うと非常にあまちゃんだったな・・・と思うことがあります。

この会社での一番思い出は、仕事で大失敗し、上司と一緒にお客様の自宅に訪問。頭を玄関の地面につけ土下座。涙しながら謝ったことです。

お客様に迷惑をかけてしまったこと、自分のレベルの低さにかなり落ち込みました。

仕事帰り、小さな焼き鳥屋に一人ではじめて飲みにいき、ベロベロになるまで飲んだことを今でも覚えています。

この失敗から、仕事に対する「準備」「段取り」をものすごく意識するようになりました。

下着&化粧品会社に転職

下着&化粧品会社に転職

「下積み時代」を過ごす

百貨店退職後、すぐに転職。
下着や化粧品を扱う会社で 《営業・販売員研修》 、《開発・販売促進》 など様々な業務に携わりました。

上司や同僚にも恵まれ、「仕事が楽しい!」と思うようになれた時代です。世田谷で一人暮らしをはじめ、毎日が楽しかったのをよく覚えています。

本当に色々な仕事を任せてもらいました。
研修、プレゼンテーション、1,000人以上集めたイベントで司会、お客様を海外へ添乗、様々な企画の立案。自分の成長と仕事の奥深さを感じることができた時代でした。

ウィンドウズ95が発売。ヤフーができた時代でもあります。

PCやインターネットに関してかなり興味をもち積極的に使いだしたときです。

現在私がPCをつかった業務の効率化や、サロンに必要な機能だけをアドバイスするのを得意としているのは、この時代がきっかけです。

人生の転機

人生の転機

「世界旅行記」が大ヒット!「誰かの力や元気の源」になれるなら…

会社員として順調に生活していた中で、人生を変える大きな出来事に遭遇。

離婚です。お互い若かったんですね。

人生は山あり谷ありだなぁ・・・など考えていました。

そんなとき1冊の本に出合ったったのです。
「こんな女と暮らしてみたい  高橋三千綱」

離婚後のわたしは、「どんな女や??」と思い、本屋の隅にあったこの本を手にとったのです。

この1冊の本とのであいが私の人生を変えたと言っても過言ではありません。

芥川賞作家である高橋三千綱先生の生き様に惚れ、生まれてはじめて「ファンレター」を送ったほどです。

講演会にも参加、一緒に飲むこともできました。一緒にランニングをしたこともあります。

私の自宅の書斎には先生が書いてくれた、「強い夢は実現する」という色紙が飾ってあります。

この本をきっかけに、私は本を読むことに目覚めました。それと同時に自分を見つめなおすため、休みがとれると学生時代から好きだった一人旅を再開。

インド・ベトナム・タイ・ミャンマー・ネパール・インドネシア・ラオス・カンボジアなど比較的近場のアジアを旅しました。

旅中はつねに自分の感じたことを忘れないよう日記つけていました。

帰国後その記録を、軽い気持ちでホームページにして公開すると、予想外の反響がおきたのです。

サイトが複数の雑誌に紹介。ホームページを見た人からもたくさんのメッセージが届くようになったのです。

コメントの多くは
「旅の様子が面白い!」「天笠さんのような旅がしてみたい」「元気をもらった」等々。

自分の書いた文章が人を元気にさせたり、影響をあたえることができるんだ!
そして自分が元気になるんだ!と気づいたのです。

【この時の旅の写真を天笠プライベートインスタグラムで公開中!】

この出来事は、今の仕事につながる大きな経験となりました。

私が現在コンサルティング・講師・コーチングという仕事しているのは、このとき感じた時と同じように、「人にパワーを与えたい、元気になってもらいたい!」と思っているからなんです。

留学を決意

留学を決意

30代男の大決心!会社を辞めてアメリカ留学

一人旅をしていると、さまざまな国の人達、色々な生き方をしている人と出会うことができます。そういった人たちと交流していく中、私も様々な思いが体の中から湧き上がってきました。

「このまま順風満帆な会社員生活をしているだけでいいのだろうか?」
「自分がやりたいことを今、やっておくべきではないか?」

そんなことを思ったのです。

そこででた一つの結論が、“アメリカでマーケティングの勉強がしたい”。

大学時代チャレンジしようとしましたが、学力と資金の問題でできなかったことです。

仕事も順調。休みもしっかり取れる。上司や同僚にも恵まれ、給料も人並み以上。でも私は「今行かないと一生後悔する」。今やるべきだ!と留学を決意しました。

かなりリスクのある決断でしたが、一度やると決めたら突っ走る性格。仕事をしながら寝る間を惜しんで英語を勉強しました。

ここでも今の仕事につながる経験をしています。

私は元々英語が得意でありません。しかし、ある留学専門英語学校の先生に出会ったことで、短期間で飛躍的に成績を伸ばすことができたのです。

それは、英語というものを体系的に教えてもらったこと。自宅での学習方法です。
良い先生との出会いで人生はこんなに変わるのか?そんな思いを強くいだきました

その後留学のための英語試験を最低レベルで突破。単身アメリカへ渡りました。

留学での苦労

留学での苦労

留学の先に待っていたもの…

意気揚々とアメリカに乗り込んだもの、30歳を超えての留学は想像以上に厳しかったです。特にきつかったのは勉強。授業についていくのが非常に大変でした。

生活面ではアメリカ同時多発テロ(9.11)にも遭遇。ルームメイトのアメリカ人と大喧嘩をしたり、その他ここには書けないような悲しい思いもしました。

「こんな思いをするために人生かけてアメリカにきたわけではない!」と泣きがはいったこともあります。

でも、そんな落ち込んでいる私を助けてくれるアメリカ人の友人もたくさんできました。

アメリカでの大切な休日「Thanksgiving Day」に私を誘ってくれた親友、帰国時にパーティーをしてくれたサッカーチームの皆。あの時のことを思い出すと今でも涙がでます。

人と人の繋がりを大事にする。私の考えです。

帰国後は人生で一番落ち込んだ時期

帰国後は人生で一番落ち込んだ時期

希望に満ちて帰国のハズが…一文無し・職なしのどん底期

アメリカでの就職も考えていましたが、異国で働くことの難しさ、ビザの問題などもあり帰国しました。

英語やマーケティングについて最低限の力はつけて帰国したので、すぐに就職がみつかると思っていましたが、これが甘い考えでした。

2年近くのブランク、年齢的な問題。日本の経済状態は最悪。

英語を使う。希望年収を落としたくない。外資系の企業に就職を希望していましたが、なかなか就職が決まりません。

マンスリーマンションに住んでいましたが、アメリカ留学にお金をほとんど投資していたので徐々に貯金がなくなり厳しい経済状態に。

バツイチの、いい年した男が実家に帰るなんて選択はできません。

あまりに途方にくれた私は、昔付き合っていた一人暮らしの元カノ女性に、「家賃を半分負担する」「手は一切出さない(笑)」ことを条件に居候をはじめたのです。

就職活動に力を入れましたが、それでもなかなか希望している会社には内定がもらえません。

私の気持ちは過去最悪の状態に陥っていきます。

「このまま元彼女に迷惑をかけ続けるわけにはいかない」
「どこかに住むところを探さなければならい」
「貯金もいよいよ底をついてきた」
「昼は就職活動をしなければならない」

泥沼に、はまりつつありました。

そこで私は人生ではじめて夜勤のバイトをスタートしたのです。

22時から7時まで工場のラインで働き、昼間は就職活動。

夜中働きながら
「俺は一体なんのために人生をかけて留学したのだろう・・・」
「俺の人生はこのままどうなってしまうのか・・・」

不安に襲われ、精神状態はボロボロでした。

孤独感は半端ありませんでした。

そんな時、今は亡くなった父親が10万円を送ってくれました。

「自分が選んだ人生、落ち込んでなんていられない!!!」

必死に就職活動に取り組んだ結果、自分が希望した条件で外資系企業に就職できたのです。

あの経験があるから今がある。

あの時留学を決断していなかったら、今会社を経営していることはなかったでしょう。

今の自分はありませんし、死ぬ時に絶対に後悔していたと思います。

あのどん底を経験したので、新型コロナウイルスの影響も受け流せています

仕事に全力投球そしてエステ業界へ

仕事に全力投球そしてエステ業界へ

あの有名ドクターズコスメブランド責任者として仕事に燃える!

就職した外資系企業では寝る間も惜しんで働きました。海外への出張、アメリカ本社とのやり取りなど数多くの業務をこなし、短期間でかなりの力をつけたと思います。

そんな時声をかけてくれたのがエステ業界のある会社。アメリカのドクターズコスメの日本の代理店となったその会社は、そのブランドを日本で拡げるため、責任者を探していたのです。

留学時代から消費財のブランドマネージャーの仕事につくことを1つの目標にしていた私は「巡り巡ってきたチャンス!」と捉え、この会社にお世話になることを決断したのです。

商品名をインターネットで検索しても検索結果はゼロ。取引先もゼロ。あるのは商品だけ。立ち上げ時のメンバーは私と部下の女性一人。

そんな環境に私のやる気スイッチはMAX。社内は「天笠さんお手並み拝見」といった冷めた視線。私は全国を飛び回りながら取扱店を少しづず増やしていきました。

その後、展示会での工夫や仕掛けをおこない徐々に知られるブランドに。その後は口コミで広がり取扱店急増。部下の人数も増え、売上大幅拡大に成功したのです。

日本では全く無名だった化粧品を有名ブランドに育て上げた経験は、私に自信をもたらしてくれました。もちろん社内での立ち位置を獲得、サラリーマンが憧れるといわれる年収も達成しました。

集客・リピートを指導できるようになったの基礎は、この時代の経験があるからです。

独立へのつのる想い

独立へのつのる想い

順風満帆に思えた仕事だったが・・・

売上もあがり、給料も増えた。

再婚し、子供も生まれ、一軒家も購入。サラリーマンとして再度上昇気流にのれるところでした。

しかし、私には不満に思っていることがありました。

サラリーマンであれが誰でも一度は思うこと、会社のトップに対する想い。

経営者としてはとても尊敬していたものの、仕事への考え方が合わない。

無駄な会議がおおく、時間にルーズ。目的を言わずにただ指示を与える。

「お客さまがよくなるために、我々がなにをすればいいか?」

そんな話は全然出ない!ただ、売上・売上。

今は私も社長なので気持ちはわかりますが、当時は理解できませんでした。

会議ではふてくされ、社員旅行もお断り、人付き合い最悪ですし、社長や上司から呼び出され、怒鳴られることも。

組織に対応できない典型的な生意気なサラリーマン。そんな私が会社にいられたのは単純に「数字と成果はきちんと上げていたから」。

そんな毎日を過ごす中で日々、独立への想いが強くなっていきました。

「自分を押し殺しながら働く毎日、このままで良いのか…?幸せな人生だと言えるのか…?」

「死ぬときに後悔しないか?」

そんなことを毎日考えるようになりました。

このときの想いは「従業員教育、スタッフ教育」に大きく役に立っています

今だっだら、当時の私をどう教育するか?そんなことを考えることもあります。

40代で退社・独立 棘の道のその先は?!

起業

40代で退社・独立 棘の道のその先は?!

「もうこの会社に迷惑をかけるわけにはいかない」
「自分の人生は自分で切り拓く!」

妻と小さな2人の娘、家のローンを抱えた状況での退社と起業を決意したのは40代を過ぎてから。

「もうこの人になに言っても駄目だから、でもこの人なら大丈夫」
そう信じてくれた妻に救われたことは、恥ずかしくて言えませんが感謝していて、ここだけの話です。

会社の名前は「起業するならこの名前しかない!」と20代の頃から決めていました。

天笠(アマガサ)→雨傘(アマガサ)→umbrella
茂(シゲル)→繁る→成長する→grow
天笠(会社)が成長する→Umbrella-Grow→アンブレラグロウ株式会社
と決めたものなのです。

でも現実はそう甘くありませんでした。

秘めた熱い思いとは裏腹に、サロン専売化粧品の開発と卸販売で起業したものの、会社という後盾を失って1人立ちすることの大変さに直面してばかりの毎日。

事業計画とは程遠い状況が続き、流石にこのままでは「やばい」…!と、あるコンサルタントの門を叩いたのが大きな転機に。

コンサルタントから、会社経営を成功させるための様々なマインド、数字の部分を徹底的に学びました。

それとともに、他人はない、私の強みを活かした経営方法をアドバイスいただいたのです。

今思うと、当時は「経営のことはなにも知らなかった」と思います。ただ自分のやりたいことをやっていただけ。

そして、自分では気づけなかった他人にはない「天笠の強み」を発見できたことはとても大きかったです。

私の行動は大きく変わりました。行動が変わったことで結果がかわり、短期間でビジネスを軌道に乗せる成功体験を掴んだのです。

その後も、継続的に複数のコンサルタントから、多面的に経営を学び&実行。

今は、自社スタッフや在宅業務、外部パートナーを活用しビジネスを仕組み化。オンラインをつかったビジネスや、継続課金型ビジネスなど、複数のビジネスを同時に回しています。

家族との旅行

事業を仕組み化しているので、自分で自由に時間をコントロールすることができる。

比較的すいている時期に、家族で長期間海外旅行やキャンプ、そして一人旅も再開しました。

海外にいる友人に会いに行ったり、沖縄の離島に旅したりと楽しんでいます。

子どもたちは色々なところに旅行にいけることを本当に喜んでいて、「これが私が成し遂げたかった人生」だと思っています

並行して、私がこれまでの培ってきた知識・ノウハウ・仕組みも加え、オリジナルの経営手法を複数のクライアントに指導したところ、クライントの大幅売上アップを実現。

「天笠さんは自分でも気づかなった盲点を気がつかせてくれる」「背中を押してくれる」
「自分でも気が付かなかったやりたい事業モデルを明確にしてくれる」など嬉しいことを言っていただけるようになりました。

自分の強みは、なかなか自分では気づけません。私の想いは常にサロンオーナーの強みを発見することです。強みを活かすことは経営にとってとても重要なことです。

サロン経営セミナー

口コミで「アンブレラさんのところいいよ」と信頼の輪がひろまり、全力で走ってきて気がつけば、コンサルの新規依頼や、外部から講師の依頼オファーも増えました。

厳しい状況から、経営が上手くいきだした理由は簡単です。

「学び&実行」を繰り返したからです。学ぶ大切さを私が一番実感しているのです。

多くの人に経営で大切なことを教えたい。そう思っていますのです。

サロン専門コンサルティング会社『アンブレラグロウ』 未来への挑戦

お客さまの夢・目標を達成させる

サロン専門コンサルティング会社『アンブレラグロウ』 未来への挑戦

今まで書いてきた経歴の通り、私は夢・目標にチャレンジしてきました。

大変なこともあったけれど自分が選んできた道に何一つ後悔はありません。
チャンジしてきたことで幸せな人生をおくっています。

そして今は「夢・目標に進んでいきたい」「新しいことにチャレンジしたい」「人生をより豊かかにするためのきっかけがほしい」と想う人達のために事業を行なっています。

私と弊社スタッフは本気であなたを応援します!!

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